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私の部屋
といった感じだな。
プロファイルのページというのは。
大体、まもなく40歳になるアマチュアおやじサーファーのプロファイルなど、謙遜したような表現の裏に自慢話があからさまに見え隠れするのは容易に想像がつく。
しかし、もし誰かがこのおやじのことに興味を持ってくれたりしたら、それを明記しないのはネチケットというのに反するのではないか?などと心配をしてしまったので、このページも作ってみました。
まぁ、それなりに波乗りの歴は長いし、サーファーズパラダイス、シドニー、バリと波乗りに調子の良いところを移り住んだ海外在住者だし。
何か目新しいこともあるかもしれませんので、暇があったら読んでみてください。


なまえMasashi
生息地シドニーにあるチャッツウッドという町。海の近くに住む者達からは「森の人」と呼ばれる。
海まで車で15分、136番のバスで1時間(謎)
過去生息地バリのヌサドゥアに3年 シドニーのマンリービーチに3年半 ゴールドコーストのサーファーズパラダイスに1年棲みますた
産地横須賀 漁村の近く 昔ゴジラの滑り台で遊んだよ
波乗り歴20年 20年かぁ そのわりには…だな
スタンスレギュラー ナチュラルフッターとも言う
愛機元ASPプロでアロハサーフボードのシェーパーでもあった
Brett Warner作 6’x18”1/4x2”1/8
全てお任せで削ってもらいました。で、この娘です
好きな技深いボトムターンからのタテタテリッピング (調子の良い時限定技)
得意じゃない技フロントサイドのカットバック(調子の良い時も下手)



波乗り地の遍歴


YOKOSUKA 日本
高校2年の晩秋にディックブリュワーのシングルフィンとツーピース!のスプリングスーツを購入し、
登校前に逗子海岸で初めてサーフィン?らしきことをした。
波はサーフィンには全く適さない、ただのショアブレーク。
しかし何も知らない若かりし頃のこのオヤジとクラスメートのAは波と格闘していた。
受験を控えた高3の夏、家から原チャリで5分の海に台風のうねりが頻繁に届いていて、
夏休み期間中はほぼ毎日そこで波乗り。
今思えばこのポイントはスーパーローカルポイントだった。
最も混んでて10人以下。しかも全員が同じ小、中学校の出身者。
2学期が始まった時、3年生で最も日に焼けている自分がいた。
受験は当然失敗。
予備校生時代、右大腿部骨折時代などのブランクを経て、その後どっぷり波乗りにはまった。
その頃から横須賀で最も有名なポイント(俗に言うローカルポイントってやつ)に通い詰める。
始めの頃は「オマエ邪魔っ!あがれコラッ!」などと日本のローカルポイント特有の洗礼を受けたが、
いつの頃からかそんな先輩達とは海だけでなく酒場でもつるんでいた。
洗濯岩のヤバイリーフだけど台風の時はモーッ!あっ、ここの事はこれ以上書けないっす。
地元に波がないときは久里浜港からフェリーに乗って鴨川−和田−千倉−平砂浦辺りに
しょっちゅう通ってました。
日本はなんと言っても台風のシーズンが最高ですな。
日本で最後に波乗りをしたのは1994年の日本出張時のこと。
ちょうど台風が近づいていて、前出の洗濯岩ポイントで偶然にも波乗りが出来た。
やっぱり自分の地元は最高!
台風シーズンは毎年故郷が恋しい…

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GOLD COAST Australia
ワーキングホリデー制度を使ってサーファーズパラダイスでふらふらしてた。
1988年のこと。
本物のサーフィンを見たって感じだったな。
ビーチブレークでも波のパワーが全然違うし、コンスタントに波はあるし、サーファーは全員上手いし。
いい勉強になったなぁ。本物のボトムターンってのもこの頃見た。
この頃は(キラを除く)クーランガッタ周辺はまだ空いていたので、このオヤジのようなテケテケジャップの兄ちゃんにも波が充分まわってきた。
いい波乗らせてもらいました。
当時最高の思い出は、日本から来た友達と行ったサンシャインコーストのリーフ。
途中で膝がガクガクになるくらいのロングライドを体験しました。
自分では凄く上達したと信じていたが、今振り返ると…ハハッ…お恥ずかしいかぎりです。
ゴールド・コースト等クイーンズランド州や北部ニューサウスウェールズ州はサイクロンの近づく12月から3月頃がベストなのかな。
イーストコースト特有の極上ライトハンドポイントブレークに出会えるかも。
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MANLY Australia
ゴールドコーストから日本に帰国して2年後、シドニーで職を得て再びオーストラリアへ。
勤務先がシドニーだったので、ボスの嫌味を無視しマンリービーチにアパートを借りる。
マンリービーチのいい時はチューブ巻いちゃうし、プロもいっぱいいて凄く刺激になる。
都心で仕事をしながらサーフィンするには最高の環境。
思い出に残るチューブライディングはマンリーでの1本。
約4年間の滞在中に何度かトリップにも行き、東海岸のリーフブレークでかなり良い思いをした。
最高の思い出はNSW州北部にある有名なポイント"A"で友達とどっかのおっさんの3人だけで頭サイズのマシーンウェーブを共有した朝かな。
もう体動かないのに、誰も入ってこないから波は有り余っちゃって、あがるにあがれず困った。
このポイントはよくオーストラリアのサーフビデオにも登場する。
シドニー近郊や車で2時間ほど南下したサウスコーストは冬がベスト。
南極の方からやってくるグランドスウェルがポイントにヒットしたら半端じゃないよ。
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新たな職を得たためバリに移住。
職場も住まいもヌサドゥア。
とはいっても仕事をしていたので波乗りは週末のみ。
雨季はヌサドゥア、乾季はバリアン、マデウィが通常通っていたポイント。
ウルワツ周辺やクタリーフ辺りは混んでるからほとんどサーフしなかった。
在住3年間の最後6ヶ月間は主夫(=ヒモ)だったので、交通事情のメチャクチャ悪いバリ島を
2時間以上ドライブして潮回りのよい30分間を狙うため、とあるシークレットに通い詰めた。
波は乗り放題のマシーンブレーク。
おかげで反復練習が出来て、波乗りのレベルが一線を超えた(もちろん自分的にね)。
近所に住んでたオージーのシェ−パーに削ってもらった板が、現在を含め最高の板でした。
やっぱり板は削ってくれる人との対話が大事ですね。相手がオージーならビ−ル持参は必須。
このオヤジは当時のバリ島在住日本人の中で3本の指に入る優秀なサーファーだった。
(注)当時バリ島在住日本人サーファー総数は5名
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バリ移住時代に波乗り技術が飛躍的に向上したのもつかの間のことだった。
近場のポイントブレークにはプロみたいな奴等がグチャッといて波なんか余ってない。
ビーチ(マンリーなど)の週末はかなり混んでる。
混雑を避けるため通っていたサウスコーストも車の免許を失った為行けず。
このままではテケテケ街道を転げ落ちていくこと必至!まずいぞ!
ビーチ近所の友人宅に板を置かせてもらい、週末バスで海に通う日々。
バスに乗って海へ通う40歳間近のサーファーって少ないだろうなぁ。
今ではすっかりテケテケになってしまった。
ただいまジムとプールの利用を含めリハビリ中!
復活なるか!?
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